海外大生体験談

海外大を卒業した先輩! 海外生活で最高に嬉しかったこと・最大のピンチを教えて! ~ミドルベリー大学 Yuka T.先輩~

海外大に進学し、卒業した先輩たち一人ひとりに泣き笑いのエピソードあり。最大のピンチや嬉しかったことを通して得た気づきや当時の感情とともに、名門リベラルアーツ・カレッジのミドルベリー大学時代をYuka T.先輩に振り返っていただきました。

 

困難も全て学びにできる!海外大でしか得られない視野や考え方の広がり、自己管理力アップを実感。

 

今回の「ラボ協力隊」


Yuka T.先輩 

アメリカ ミドルベリー大学卒業(主専攻:脳科学、副専攻:言語学)。
2年間自分のやりたいことを探せるリベラルアーツ・カレッジで学びたいと考え海外進学を決意。心理学の授業で脳科学分野に、言語学の授業で音韻学に魅了され専攻を決定。2024年4月現在はペンシルベニア州立大学言語科学センターでラボマネージャーとして研究に従事しており、同年9月より大学院進学予定。

 


 

Q. 4年間の海外大生活で起きた最大のピンチ、苦労したことは?

 

Episode #1【4年生の時】

休学するのも復学するのも手続きの山。でも、自分で調べて動くしかない!

 

私は、3年生の春学期の1セメスター分(2~6月)自主的に休学をし、国立台湾大学に訪問生として留学することにしました。まさにそのタイミングというのが偶然にもコロナ渦開始の時でした。

 

同じ時期に学校のプログラムを通じて各国に留学した同期がアメリカへの帰国命令を受ける中、私は予定通り留学を継続することができ、一時期のオンラインミーティングを除き対面授業を受けることもできていました。それも、私は自主休学中であったことと、台湾が全世界でも珍しく患者が6人しか出ないという徹底的な管理を行っていたおかげです。

 

しかし問題は、一旦このプログラムを修了し日本に帰国後。本来秋から4年生としてミドルベリーに復学する予定で全てを進めていましたが、ミドルベリーがほぼ全てオンライン授業にするとの発表があり、寮ではなく家から授業を受けてもいいという事が発表されました。

 

そうとはいえ、私は休学処理中のインターナショナル生であり、学生ビザ上、どのような手続きをしないといけないのか不透明で、大使館や大学に電話をしてみるも、どこもパンク状態。一回話すのに、最低1時間は保留音を聞いて待たなければいけないほどでした。

 

沢山のメールや電話でのやりとりを経て、私が復学するには、学生ビザを使用して一旦アメリカに入国する必要があるということが分かりました。つまり、私にはオンライン授業を大学寮から受けるか、休学を延長するかの二択を迫られることになったのです。

 

\こうしてピンチを切り抜けた!成長した!/

どちらの選択が自分の将来にとって良いのか、非常に悩みました。その判断材料を集めるため、あらゆる友人に電話して休学を考えている人が他にいないか聞いてまわりました。他にも、実際寮に住んだらどのような生活になるのか大学のオフィスに確認したり、大学で似たような状況にいる人がいないか確認したり、とにかく自分で資料集めを徹底しました。

 

総合的に判断した結果、最終的に自主休学をさらに1年分伸ばすことに決めて、その間コロナの落ち着きつつあった日本で研究インターンをすることにしました。そこで沢山の貴重な研究経験を得たので、振り返ってみればよい選択をしたと思いますが、当時は1年卒業が遅れること・自分の学年の仲の良い友人達が自分より先に卒業してしまうのが非常につらかったのも事実です。

 

休学時に日本でインターンさせていただいた理研

1年休学していた際、理研でインターンさせていただき、最高の研究経験を得ました!

 

この経験は、他にもある沢山の事務的な手続きで苦労し、思うようにいかなかったことのほんの一面です。インターナショナル生としてF1ビザ(アメリカの一般的な学生ビザ)を持って海外大に留学するのには、制限が多々あります。沢山の手続きが必要で、自立して自分のステータスを管理することが求められるということを常々突きつけられます。

 

特に、私のように家族で英語の手続きができるのが私だけという状況だと、全て自分でしなければなりません。アメリカ人の友達に聞いても「両親がやっているからわからない」なんて答えが返ってきてしまい困った、というような場面も実際ありました。

 

たらい回しにあうことは覚悟の上で、自ら分かる人を探して、頼って、助け合うという精神が絶対に必要となるということを、私は海外大留学を通して身をもって学んできたと思っています。人に頼ることが以前あまり得意でなかった私にとっては、本当にいい訓練になりました。

 

 

Episode #2【4年生の7〜8月頃】

4年生のハウジング争奪戦。次々と部屋が埋まるのを横目に電話議論!

 

ミドルベリーでは毎夏7月末頃、恒例の寮争奪戦が行われます。これは1年間暮らす寮が決まる非常に重要なイベントで、オンラインのハウジングポータルから、指定された時間に住みたい建物と部屋番号を登録するものです。学生は皆この日のために、次年度誰と住みたいか決め、グループを作り、どのような寮があるのか大学サイトに掲載された見取り図を調べ、計画を立てます。

 

4年生にとってこれは一大事。なぜなら、4年生で最もいい部屋に住みたいと皆考えており、4年生が最も優先されて登録の早い時間枠を与えられるためです。良い部屋/スイートルーム/ミニハウス等をとれる可能性が高いと同時に、これらの数は限られているため、もし他の4年生達によって先に埋まってしまったらどうするかなど万が一を沢山考えておかねばならないのです。

 

私も同じ2022年度卒業の友人との8人グループに入り、どのような部屋がいいか皆で話し合って計画を立て始めました。しかし、私たちの登録時間は4年生の中で早い方ではないことが分かり、8人全員で住める所を目指すのは危険なのではないかという話になり、結局4人ずつに分かれて探すことに。

 

その4人で今度は相談することになったものの、皆バラバラのタイムゾーンにいて違うことをしているため、スムーズなコミュニケーションもあまりできませんでした。とりあえず皆で考えうる全ての可能性を出し合い、優先順位をつけて当日を迎えました。

 

わたしは日本にいたため、まだ外も暗いような早朝に起きて登録合戦の準備。そして、他の人の登録状況が見えていてその様子を追っていると、どんどん私たちの欲しかった部屋が埋まっていき、グループチャットはパニック状態となりました(笑)。

 

\こうしてピンチを乗り切った!そして得られたのは…/

結局みんなで電話をつなぎ、どんどん減っていく部屋候補を見ながら、ああだこうだと意見をぶつけ合って選ぶことに。また、選んだスイートルームの中でもどの個室がいいか、ある程度皆が欲しいと思える部屋を探る議論が展開されました。

 

それを見越して、私は事前に数日間見取り図とにらめっこして、部屋ごとにどの個室がいいか自分の優先順位を全て決めていました(笑)。皆が満足する結果を探すのはすごく大変でしたが、これを通してもっと仲が深まったと思っています。

 

彼らと1年間同じスイートルームに住んで、私たちのグループは卒業してからもずっと繋がれる友達となりました。全寮制の大学でのこういった経験は本当に人生でこの時だけだと思うし、今思えばすごく青春していたな、と思います。

 

同じスイートルームのメンバーとの恒例写真

私たちのスイートルームではリビングでこんな写真を毎月とるのが恒例でした。

 

卒業式数日前にスイートルームメンバーと撮った記念写真

卒業式数日前に撮ったスイートルームメンバー記念写真。

 

 

Q. 海外大に進学して味わったピンチ、先輩にとってどんな意味があった?

 

海外に出たから味わう苦労も全て学びにでき、想像を超える成長ができた!

 

海外大学への進学プロセスには、日本国内で進学していれば体験しなくて済む苦労が付いてまわるのは紛れのない事実だと私は思っています。

 

私のように、18年間関西住みで、大学が初の長期海外滞在というバックグラウンドでは特に、事務的なプロセス語学的な適応・環境適応に必要な努力量と時間等が、アメリカ在住の学生や日本国内の大学生とは違ってきます。

 

余談ですが、私がSTEM OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)*の申請準備中に、各事務所にたらい回しにされているのを見ていたラボのアメリカ国籍の同僚が「私、海外(米国外)の大学院も考えていたけど、Yuka見ていたらやっぱりアメリカにしとくわって思った(笑)」と言ったくらいには大変です。笑

*OPT(Optional Practical Training)=大学、短大等、SEVP(Student and Exchange Visitor Program)に認可された学校に1年以上フルタイムで通い、卒業またはコースを修了した学生に与えられるトレーニング期間のこと。

 

それでも、それらを乗り越えてきた後の今の自分は、以前の自分からは想像できないほど視野が広がり自己管理能力が向上し、考え方が格段と多角的になった実感があります。これは日本で大学進学していたら絶対に手に入れられなかった景色だと、私は思っています。

 

困難には必ず学びがあり、自分次第でその学びの大きさは変えられると私は常々信じています。米国で大学に進学し、米国で働く中で体験した困難は、全て自分で学びに変えることができる、最終的には大きくプラスになるような困難です。

 

今後少なくとも5年間は博士課程でアメリカにいる予定で、もっとピンチが訪れると思いますが、それがまたどのような成長を自分にもたらせてくれるのか楽しみです。

 


 

Q. 逆に、4年間の海外大生活で最高に嬉しかったのはどんなこと?

 

Episode 【4年生の5月】

“Senior Week”、そして教授の花道。4年間頑張った達成感に浸る貴重な時間!

 

何といっても4年間の大学生活で最も楽しくて達成感に満ちていたのは、卒業生が大学で過ごす最後の1週間、“Senior Week”でした。Senior weekには卒業生向けのイベントが沢山開催されます。卒業生以外はキャンパスを去った後であり、学業も全て終わった後なので、本当の意味で学業から解放され友達と最後の時をキャンパスで過ごせる期間です。

 

私の場合、最後の最後まで残っていた学業上の課題はSenior Thesis(卒業論文)でした。ぎりぎりまでThesis Talk(一般向けの卒論内容の口頭発表)、Defense (3名の教授の前での最終プレゼンと口頭試問)があったのですが、その後の編集作業とを経て、正式なThesis提出を完了した時、やっと私のSenior weekが始まりました。その時の達成感と開放感は今でも忘れられません。

 

提出直前の卒業論文

卒論提出1分前!

この建物はSTEM系の学生全員が住んでいる建物。夜中来ても朝来ても、誰かしら学生が作業しています。

 

Senior week中は、学期中に忙しすぎて会う時間が持てなかった友人たちと、いつものカフェテリアでいつもより豪華な食事を楽しみ、チャペルの前でスイートメイト(同じスイートルームに住んでいた3人)と満足するまで卒業写真を撮ったり、彼らとまた夕焼けを背にトレイルを散歩したりetc.…学期中にできなかったことを沢山楽しみました。

 

Senior Weekのいつもよりちょっといい食事

いつもよりちょっと良いSenior weekの食事。バーモントの長い冬を越えた後の、外での食事は至福。

 

夕日をバックに友達と撮った写真

夕暮れを背にジャンプ写真を撮りたかったけど5人全然そろわず、結局これが一番マシという結果に。笑

 

これらの瞬間が一番、皆が一般的に想像する大学生活のソーシャルライフを満喫していたかもしれません。この充実感は、これまでの学業上のハードワークがなければ一切味わえなかったものだと思っています。

 

そしてもちろん、最後は卒業式。私の卒業式はちょうどコロナ渦明けでマスクの必要もなく、快晴の中、黒いガウンを着るのが辛いほどの日光を浴びながらの野外卒業式でした。

 

ミドルベリーの卒業式では、学部ごとに全員が一人ひとり壇上に呼ばれて杖と学位証明書を受け取ります。これらを受け取った瞬間も、みんなで帽子を投げた瞬間も、どれも嬉しい瞬間でしたが、やはり最高の瞬間だったのは、退場の際に全教授たちが作ってくれる花道の中を歩いたときでした。

 

大変良くしてもらった教授の前を通るたびに、個人的なお祝いの言葉を仰ってくださったり、大きくハグをしてくださったりと、本当にこの4年間頑張って来てよかったと思えた瞬間でした。

 

一連の式が終わった後も、特に良くしてくださった教授と話したりしましたが、中でも私の4年時の言語学のアドバイザーは、私のような言語学オタクしか欲しくないであろうIPAマグネット一式(IPA = International Phonetic Alphabet/国際音声記号;全言語で使用される音声を分類し書き表すために使用される記号)をプレゼントしてくださり、最高の記念になりました。今でもオフィスのドアに貼って時々文章を作って遊んでいます。

 

卒業式にお世話になった教授と

卒業式でIPAマグネットをプレゼントしてくださった言語学の教授と。

おそらく1時台。2時のバスで学校を去ったので、この後猛ダッシュで寮に帰り、NYC行のバスに乗りました。とにかくヒールでのダッシュが痛かったなあという記憶。

 

\こんなポジティブな影響もあった!/

卒業してから2年経ちますが、私は休暇や学会などでアメリカ各地に行くことが多々あり、その際にはミドルベリー時代の友人を今でもよく訪ねますし、わざわざ休暇を合わせて1週間ほど遊んだりもします。どの地域に行っても誰かしら知っている人がいるということ、そしてこれだけ多方面に活躍する友人たちに出会えたのは非常に恵まれたことだな、と今でもひしひしと感じています。

 

また、卒論を見てくださったアドバイザーは卒業後も研究を一緒に続けてくださり、おかげさまで2023年末の学会でその成果を発表できました。彼は、私が休学中の間にも月1で私と議論してくださるような教育熱心な教授です。すでに存在する誰かのプロジェクトに相乗りする形ではない、独立して0から始める研究をサポートしてくださり「まだ全世界の誰も分かっていないことを見つけ、解明し、公に発表する」という学問の醍醐味を教えてくださいました。言うまでもなく、これらの経験は大学院の合格に非常に役に立ちました。

 

 

Q. 「海外大に進学したからこそ!」の嬉しさ・楽しさってどんなところ?

 

夢中になれる学問に出会い、追究できる環境に身を置けたのは人生最大のプラス!

 

海外大学と一言に言ってもいろいろあるので、全海外大学に共通することというのは難しいものです。でも、少なくとも私の経験と友人の話を総合して、私が思う米国リベラルアーツ大学に進学した良さは「学問を楽しみたい学生が多く、そんな学生の教育に集中できる教授達がいる」環境にあったことだと思います。

 

現在は州立大学でラボマネージャーとして学生・教授と日々仕事をしており、その経験と合わせてより見えてきたことなのですが、やはりシステム上大きく違うと思ったのは以下の2つです:

 

●リベラルアーツをわざわざ調べて、願書を出し、自ら自宅を離れて寮暮らしを選択してまでリベラルアーツに来る学部生というのは、そこまでしても学問をするより良い環境が欲しいと思っている可能性が高い。

 

●大きなリサーチ大学の教授の中にも学生教育に非常に熱心な方は沢山いる。しかし、リベラルアーツの教授と比べ、明らかに学部生指導以外に必要とされる仕事(院生指導・自分の論文執筆・学会講演・各ラボや学部の新入生採用プロセス・ファンディング獲得のための執筆、等)の量が格段に多く、良い教授であればあるほど忙しさが本当に尋常ではないため、必然的に学部生に割ける時間は少なくなる。

 

一方で、リベラルアーツの教授は研究の最先端から退いている事も多いので、もし博士号やアカデミアの道を目指すことをすでに決めているなら、自らインターンなどでその点は補っていかなければなりません。また学生生活において、学問面はそこそこにソーシャル面を重視したいという人には、このような環境は合わないと思います。

 

しかし私にとって、ミドルベリーのような海外大に進学したからこその楽しさの多くは、学問環境から来ています。教授とも学生とも、一日中好きな学問の話題で“Geek out”(特定のニッチな話題に熱中することの)できるコミュニティに身を置けたのは、私の人生において最大のプラスだったと思っています。このような環境が欲しいと思っている中高生の方がいたら、絶対にリベラルアーツ大をお勧めしたいです。

 

▼Yuka T.先輩の学部生時代のキャンパスライフがもっと読める!

「私の海外大生活~楽あり↑・苦あり↓」体験談はこちら

 

いかがでしたか? 

学問に没頭できるリベラルアーツ・カレッジという環境を選んだYuka T.先輩。一般的に思い描く大学生のソーシャルライフとはほぼ無縁だったものの、ハードワークを励まし合い、好きな学問について四六時中語り合える友人や教授との出会い、日々の生活を通して得られた成長こそ、先輩の人生にとって大きな財産になったのですね。

 

【海外生活で最高に嬉しかったこと・最大のピンチを教えて!:シリーズ記事をチェック!】

アメリカ / ハーバード大学 Lunasa S.先輩

アメリカ / ミドルベリー大学 Yuka T.先輩(この記事)

アメリカ / ニューヨーク大学 Meg K.先輩

アメリカ / ウェズリアン大学 Hayate M.先輩

アメリカ / ウェルズリーカレッジ Michiru I.先輩

 

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※この記事でご紹介している内容は2024年4月16日現在の情報に基づいています。
 

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